2026年10月21日、トレンドと歴史ある街並みが交差する心斎橋・堀江エリアに、アパートメントホテル「unito OSAKA Shinsaibashi West」がグランドオープンしました。 本プロジェクトを担当した京阪電鉄不動産 戦略室の小林さんにとって、北堀江は学生時代より、ライブハウスを拠点にバンド活動を続けた街。当時から北堀江を歩き、この街を行き交う人々の姿を見てきたからこそ、ここに「unito」が生まれたときの光景が、はっきりと思い描けたといいます。 今回は小林さんに、北堀江で過ごした日々の原体験や、この物件に可能性を感じた理由、そして今後の展望について、Unito 代表取締役 近藤がお話を伺いました。 社会人と二足の草鞋。バンド時代の想い出の地、北堀江での開業 近藤)2009年に入社されてから4年ほど、仕事と並行して本格的にバンド活動も続けられていたそうですね。「unito OSAKA Shinsaibashi West」開業の地である北堀江は、バンド時代の想い出の地とも伺いました。 まずは、京阪電気鉄道(現・京阪ホールディングス)に入社された理由を教えてください。 小林)大学院での経験が大きいですね。大学院で専攻していた社会心理学は、一般的にはアンケートや統計を元に、社会や集団の心理的傾向を研究するもの。しかし私のゼミの先生はそれをやりつくした結果、一転して「研究を基に研究者が自らローカルな場所でアクションを起こして、現実を変えてこそだ」という姿勢をお持ちの方で。在学中は国際学会にも連れて行っていただきました。 国際学会で印象的だったのは、グローバルで壮大な場のイメージとは裏腹に、世界の皆さんが各々自分の地域のローカルな事例を持ってきていたことです。発表に触れるうちに、「オンリーワンだったり、エクストリームで突き抜けた事例は、世界のどこかの『ローカル』にしかないのでは」と思うようになりました。 関西で優秀な学生は、さらに上を目指して日本の中心である東京の企業を目指しがちですが、 必ずしもそれだけが道ではないなと 。ローカルな私鉄企業で、突き抜けた事例をつくればいいのではと考えるようになりました。京阪は組織がコンパクトな分、そこで強みを出せれば好きなことをやらせてもらえるかもしれない。そんな期待もあって、入社を決めました。 近藤)関西には他の私鉄企業もありますよね。その中で選んだ理由は何だったのでしょう。 小林)もちろん他企業も見ましたが、たまたま大学時代の軽音学部の先輩が入社していたことや、京阪の面接で会う社員の皆さんが良い方ばかりで印象的でした。「この方々と一緒に働きたい」と腹落ちがあったことが大きかったですね。 近藤)入社後もバンド活動は続けていたんですよね。そもそも、バンドを始めたきっかけは? 小林)本格的にバンドを始めたのは大学からで、担当していたベース自体は中学生の頃から練習していました。というのも生まれは関西ですが、育ちは岐阜県にある山あいの田舎街。当時は勉強するか趣味をするか、それぐらいしかすることがない、都会のような誘惑がない環境でした。勉強のかたわら、家でひたすら楽器を練習していくうちに「大学では他の人とバンドをしたい」と思うようになり、大学に入って念願の軽音楽部に入部しました。 2008年頃からはオリジナル曲を作り、どきどきしながらも「やるなら大阪の中心部やろ!」と、ミナミ(心斎橋、難波、堀江)のライブハウスに出演するようになりました。活動のメインだったのは「北堀江club vijon」。今から思うと奇遇なもので、なんと 「unito OSAKA Shinsaibashi West」の真裏にあるライブハウスでした。 近藤)ホテルのちょうど真裏、すごい縁ですね!仕事と並行してのバンド活動、当時はどんなライフスタイルでしたか? 小林)なんとか定時に仕事を収めて、6時にダッシュで退社して、7時過ぎに会場入りして本番に出る。そんなギリギリのスタイルでした。練習はメンバーと日程を合わせて、毎回4~5時間ほどスタジオに入っていました。 初めは学生時代の後輩とのバンドでしたが、途中からは更に本格的なペースで活動をしていたプロ志向の別のバンドに、メンバーチェンジで加入させてもらいました。 そこから2013年のラストライブまで、4〜5年活動を続けましたね。ラストライブも、vijonで行いました。皮肉にもラストライブだけは大盛況でしたが、それ以降は会社員一本の生活になりました。そういった、とても想い出のある場所です。 「小さく試し、形にする」。京阪電鉄不動産 戦略室のミッション 近藤)京阪ホールディングスの経営企画室から異動して、2021年からは、京阪電鉄不動産の戦略室にいらっしゃいます。着任当時は、どのようなことに取り組みたいと考えていましたか? 小林)直前の部署は経営企画室、いわゆる管理部門だったので事業をする側ではありませんでした。コロナ禍でなかなか数字が上がらない事業部門に対して、頭では分かっていても、「なぜ数字を達成できないんですか」と追及しなくてはならない立場でした。その経験を経て、再び事業部門に出向したので、今度は自分にできることをきちんと形にして、数字で貢献したいと考えていました。 戦略室は、収益不動産の開発・再生・一棟売買に加えて、不動産の新規事業を手掛ける部署です。京町家の再生事業(「 京町家プロジェクト 」)や、不動産特定共同事業法を活用した 「京阪の不動産小口化商品「KIT」 」などを推進してきました。 京町家プロジェクト 京阪の不動産小口化商品「KIT」 近藤)戦略室として、どのようなビジョンを描いているのでしょうか? 小林)「世の中にでてきた新しい不動産の取組みを、スモールステップでまずは一回転、小さくやってみよう」というのが、当社社長のスタンスであり、それを実現するのが部署のミッションです。初めからあまり大きく風呂敷を広げると、ゴールまで辿り着けないかもしれないし、そもそもの選択そのものが間違っている可能性もあります。 失敗を大きくしても仕方がないので、まずは小さく一巡やってみる。仕入れて、つくって、形にして、トラックレコードを積んで売る。それが回せるかどうか、という感覚で、探り探り新規事業を進めています。 近藤)今回のプロジェクトは、私たちから見ても、2026年春に動き出してから決済まで非常にスピーディーでした。社内ではどのように意思決定を進められたのですか? 小林)当社には昔から、「資金力では勝てなくても、判断の早さで勝負する」というカルチャーがあります。それを実現するために、意思決定の仕組みも比較的シンプルになっています。 毎週開かれる役員会で迅速に判断できる体制が整っており、今回も春先に内覧してから、一気に決済まで進めました。 近藤)なるほど。仕組みがシンプルなのですね。数ある物件のなかで、なぜこの事業化を決断されたのでしょうか? 小林)初めは、当社とお付き合いのある仲介会社の方からご紹介でした。ただ、実はこの物件とは前部署時代の2019年頃にも、新規事業の検討で一度ご縁がありました。まだホテルではなく、オフィスビルだった頃です。当時は形にしきれず断念しましたが、北堀江は懐かしい場所なので、いつか関わりたい物件だとずっと思っていました。 そして2026年春、再びご縁があり、今回の開業に繋げることができました。 オペレーターの選定にあたっては、私自身、2022年頃にメディアで「unito」のサービスを知り、2023年頃には別の案件で何度かディスカッションもさせていただいていました。記事を読むだけでは分かりにくいスキームも、説明を聞いて腹落ちしていて。だからこそ、「この物件で『unito』の仕組みが実現できたら面白い」と感じていました。 バンド時代から、このエリアでは格好良い自転車で行き来するクリエイターや、アパレル店員、ミュージシャンをよく見かけました。例えばクリエイターが、大阪に滞在する拠点として使ってくれるのではないか。一般的なビジネスホテルより、キッチン付きで長期滞在できる「unito」ブランドのような空間のほうが、アーティスト気質の人には合うはずだ。堀江の雰囲気を知っていたからこそ、「これは絶対に成功するはず」と感じるようになりました。 ホテルレジデンスを再現性あるモデルへ。沿線に根付く不動産を目指して 近藤)今後、長期滞在型のホテルレジデンスのような領域をどのように広げていきたいですか? 小林)当社は分譲マンションや戸建てを中心とする不動産会社なので、事業の軸は自ずとレジデンスになります。一方で戦略室には、その枠を飛び出して新しい領域を見つけてくるというミッションがあります。レジデンスと掛け合わせる相手として、ホテルは親和性の高い領域のひとつだと考えています。 今回のように旅館業の許可をベースに「unito」の仕組みを導入する手法は、非常に良いなと。法令をきちんと遵守したうえで、新しい滞在のかたちを生み出す。この形を再現性あるモデルのひとつとして、今後の展開も検討していけたらと思います。 近藤)入社以来、特に直近10年は、新規事業として不動産に携わってこられました。この先、どんなキャリアを目指したいですか? 小林)京阪電鉄不動産の事業は、開発・売却を中心とした短期回転のサイクルが基本です。事業エリアも関西に留まりません。事業が一巡できたら、また次の案件へ、というのはシンプルで良い仕組みなのですが、一方で、長く京阪沿線に根付くものもつくっていきたい、という思いもあります。 京阪ホールディングスには、駅ビルをはじめ不動産を長く保有・運用する部門もあります。過去に在籍してきたそれらの部署とも日頃から情報を共有しながら、今回の「unito」のような新しい不動産活用のかたちを、関西に広げていけたらと考えています。 プロフィール|小林 仁(写真右) 京阪電鉄不動産株式会社 戦略室 マネージャー 2007年に大阪大学人間科学部を卒業し、2009年に同大学院人間科学研究科博士前期課程を修了。同年、京阪電気鉄道株式会社(現・京阪ホールディングス株式会社)に入社。保有ビルのテナント対応など現場業務からキャリアをスタートし、京阪グループの賃貸・収益不動産部門を中心に、PM受託・AM受託部門の立ち上げ、ビルの一棟売買、ファンド出資等を経験。2018年より京阪ホールディングス経営企画室でグループCREを担当。2021年より現職で、不動産の新規事業や収益不動産の再生・一棟売買を担当。